栃木県ホッケー協会 歴史

1.創始期

栃木県とホッケー競技の出会いは、国体誘致が契機となりました。栃木県からの要請で昭和45年佐野日大高校に国体を目指してホッケー部が誕生し、翌46年今市高校・今市工業高校がそれに続きました。

各校とも県の依頼に応えるべく未普及競技のホッケーに取り組み始めたものの、選手・指導者・用具全てが「無」の状態から出発であり、そのため、大変な苦労がありました。

昭和47年6月、今市高校女子が関東大会に初出場し、名門小野学園(東京)に1対5で敗れはしましたが、ここから記念すべき第1歩を歩みだしました。

2.協会設立

栃木県にホッケーが誕生したのち、普及の中心となる組織として昭和47年6月13日に栃木県ホッケー協会を設立しました。 「栃木ホッケー」の名を全国に響かせ、期待にこたえうる競技団体になるという志のもと、協会一丸となってスタートを切りました。

3.発展期

国体開催地である旧今市市の熱心な協力により、ホッケー普及に向けた取り組みが始まりました。 大会会場にあたる大沢地区体育協会・大沢青年団らが未経験ながらも自らスティックを持ち、地域の皆様への理解をいただけるよう、各種活動に取り組んでまいりました。

また、市内小中学校にはホッケー部を設置し、底辺の拡大と普及に努めました。昭和49年に県外から専門指導者が今市高校へ赴任し、ここから本格的な強化が始まりました。昭和51年には中学校にも専門指導者が配置され、市内中学校大会が開催できるようになりました。

その後、地道な努力が実を結び、昭和55年の栃の葉国体で成年女子が初優勝、少年男子が準優勝、少年女子が3位、成年男子が4位と健闘し、開催県初の天皇盃獲得を成し得ることができました。

4.充実期

栃の葉国体を契機に各種別において競技力が充実してきました。平成2年の福岡国体では再び総合優勝で、天皇盃を手にすることができました。

なお国体における平成10年からの本県選手団競技得点の推移を見ると、実に約13%をホッケー競技が獲得しております。 また全国レベルの各種大会においても毎年上位の成績を収めることができました。

また、これまで本県からは数多くの日本代表・ユース代表選手等を輩出しましたが、特にアテネオリンピック・ロンドンオリンピック・北京オリンピックの3大会に連続で日本代表選手・コーチが選出されたことは、ホッケー関係者はもとより県民すべての大きな喜びであります。

5.主な成績

  • 栃木県成年男子:国体 優勝1回、3位2回
  • 栃木県成年女子:国体 優勝2回、準優勝4回、3位5回
  • 栃木県少年男子:国体 優勝2回、準優勝5回、3位2回
  • 栃木県少年女子:国体 優勝2回、準優勝3回、3位5回
  • グラクソ・スミスクライン:全日本実業団 優勝5回、全日本社会人 優勝3回
  • 今市高校男子:インターハイ 優勝4回、全国選抜 優勝2回、チャンピオンズカップ 優勝1回
  • 今市高校女子:インターハイ 優勝1回、全国選抜 優勝3回
  • 今市中学校男子:11人制全国大会 優勝2回、6人制全国大会 優勝3回
  • 今市中学校女子:11人制全国大会 優勝3回
  • 栃木県中学校選抜男子:都道府県対抗11人制大会 優勝1回 
  • 栃木県中学校選抜女子:都道府県対抗11人制大会 優勝1回
  • 今市スポーツ少年団男子:全国スポーツ少年団交流大会 優勝1回
  • 今市第三小スポーツ少年団男子:全国スポーツ少年団交流大会 優勝3回
  • フリーデンスポーツ少年団女子(豊岡中部):全国スポーツ少年団交流大会 優勝2回

6.新たな出発

2020年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会、そして2022年には2度目の栃木国体開催が決定しました。2015年にLIEBE栃木の発足、2017年愛媛国体で成年男子初優勝という嬉しいニュースがありました。

しかし、底辺拡大を含めた長期的な強化・協会組織の更なる拡充など、多くの課題があります。栃木ホッケーから、“競技も人間的にも一流であると言われるトップアスリートを育成すること” “栃木国体を成功させること”を目標に、私たち栃木県ホッケー協会は決意を新たに邁進していきたいと考えております。

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